森安なおや

 西武池袋線椎名町駅ギャラリーにて『トキワ荘のマンガ家たち Vol.6 〜森安なおやの世界〜』が開催中とのこと。年末に帰ったら行きたいと思う。リンク先の写真を見ると、原画が何点か展示されている。僕が読んだ森安作品はまだ少ないけれども、写真の一番左の列は初期の代表作『赤い自転車』、一番右は COM に掲載された自伝短編『まんが家志願 のるかそるか』ですね。
 僕が森安作品に興味を持ったのは、中学の頃に『のるかそるか』を読んで、叙情的な絵柄と主人公のエキセントリックな行動との対比に魅了されたのがきっかけだった。ついでに、作中のヤン坊マー坊みたいな可愛い自画像と、現実の森安氏の風貌のギャップもなかなか印象深い。

「トキワ荘」無頼派―漫画家・森安なおや伝 併載『赤い自転車』(森安なおや作)

「トキワ荘」無頼派―漫画家・森安なおや伝 併載『赤い自転車』(森安なおや作)

↑『赤い自転車』収録 ↑『まんが家志願 のるかそるか』収録

 NHK 特集『わが青春のトキワ荘 〜現代マンガ家立志伝〜』(1981)もリアルタイムで観た。定職に就けず妻子にも逃げられた森安氏が、一人で長年描き溜めた原稿を漫画雑誌編集部に持ち込むくだりを、長い時間をかけて映していた。1軒目の編集部ではあっさり断られるも、2軒目に訪れたヤングジャンプ編集部で前向きな返事をもらう。喜ぶ森安氏。だが番組最後に「森安さんの漫画は結局出版されなかった」と字幕が出る。観ていて「え〜〜〜」とガッカリした記憶がある。

 久しぶりにこのドキュメンタリーを見返してみた。最近は実録風 TV 番組でのヤラセ事例をよく耳にする(唐沢なをき夫妻がそれに抗議して番組を降りた等)ので当時よりは冷静に。改めて観ると、集英社が森安氏の原稿に一度でもゴーサインを出したところが怪しいなと思った。ヤングジャンプに森安作品が合うとは思えない。番組の他の部分で漫画界でのジャンプの存在感について述べているので、ジャンプつながりの話にしたかったのでは。なので少なくともヤンジャンへの持ち込みに関しては全てがヤラセで、森安氏も編集者も演技していたのではないかと邪推した。
 ところが後でネットを見ると、ヤラセは違う形で行われていたという情報が。

…ただし、森安の友人の古書店主は、この番組自体が NHK によるやらせだったと証言し「ジャンプでは最初、採用の方向で動いていて、アシスタントをつける話もあったらしいんですが、NHK が『結局ダメでした』というオチにするため、『断ってくれ』って頼んだらしくて」と語っている。(Wikipedia、強調引用者)

 素直に読むと、NHK が指図しなければこの作品は集英社から出版されていたかもしれないということ? だとしたら NHK はひどいな。たしかにあの非情な結末は僕の心に強く刻まれているから、僕は番組スタッフの術中にはまってしまったとも言える。もっとも、森安氏本人がある程度バイアスをかけて友人の古書店主に事情を語った可能性も否定できず。真相はわからない。

 このときの執筆作『18才3ヶ月の雲』を読んでみたい思いは個人的に強いが、当分叶わないだろう。そのかわり晩年の作『烏城物語』は世間から一定の評価を受けたようで、せめてもだった。
 勝手な振舞いでしばしば周囲に迷惑をかけ、孤立し困窮しつつも最後まで自分の漫画を追い求めた森安氏の生き方は、ずっと僕の心に「自由に生きるのは幸せか不幸せか」といった根源的な問いを投げかけている。