論文の新しいカタチ (1)

 別件で手持ちの文献をめくっていたら、近頃自分が論文出版について考えていることと同じ事が書かれていた(後述)。この話題はいつかまとめたいと思っていたけれど、話が大きくてなかなかまとまらない。なのでとりあえず未完成のまま、思いついたことや目にした文章があるたびに小出しにエントリを作ることにする。
 最初に、現在の標準的な自然科学系論文の出版までの流れを、改めて簡単に書いておこう。

 (1) 著者、論文原稿を論文誌編集部に投稿(この時は無料)
 (2) 編集部、査読者を探し、引き受けた査読者へ原稿を転送
 (3) 査読者、決められた期限(2〜3週間)までに原稿を査読して、意見を編集部へ報告(無報酬)
 (4) 編集部、査読者の意見をもとに判定(受理/要改訂/却下)を下し、著者へ連絡
 (5-A) (受理判定の場合)出版準備:製版、著者校正、著作権委譲書提出、投稿料支払 etc.
 (5-B) (要改訂判定の場合)著者、指摘された問題点を直して再投稿 → (1) に戻る
 (6-A) 論文が出版され、読者の目に触れる

 わたしの投稿原稿はいま (3) で止まっています。査読者が期限を過ぎても結果を編集部に連絡してこないから。引き受けたはずなのに約束を破るなんて非常識だ!と当方は憤慨するわけだが、査読者にとっては報酬も無く名誉にもならず時間ばかりが取られる作業であり、マジメにやってられるかと投げ出す人が出るのも自然の成り行きではある。もちろん投げ出したところで懲罰が加えられることもない。アメもムチもないのがこの査読システムの弱点だと思う。
 さらに良くないのは、査読者が投稿論文の内容を密かに横流ししたり自分で盗んで別雑誌に投稿したり、しようと思えばできてしまうこと。高温超伝導発見などの超ド級な成果に関してはこの手の情報漏れがあったらしいと言われている。今の査読システムは限界に来ているのではないか、と考える人は少なくないと思う。その一例が冒頭で述べた、手持ちの文献に載っていた文章。

 現在一般的に行なわれている学術論文誌の審査体系は論文の投稿から掲載までそのプロセスに関わる人の性善説に立脚している。悪人が関わるととんでもないことになる。とても脆弱なシステムのように思えてならない。ではどうすれば良いのか?
 投稿された論文はとにかく掲載して、読者と著者みんなで議論するのはどうだろう。議論は全て公にされて、その履歴を残す。現在のインターネットのシステムを利用すれば可能であるように思える。ついでに良い論文か悪い論文かの評価も記名方式で掲載すると、目利き(評論家)の評価にも使える。さらに、有名雑誌に掲載されることが高い評価に直結するといった現在のおかしな風潮を是正できるかもしれない。どなたかこんな電子学術論文サイトを立ち上げてはくれないだろうか。
    ——安達成司氏『高温超伝導体(上)ー物質と物理ー』p.30(2004、応用物理学会

 これはまさにプレプリントサーバ (PPS) のことを言っているのですね。いま既に、出版社が発行する論文誌とは別に、誰でも論文を公開できる PPS がいくつかのアカデミック機関で稼働している。自分は利用したことはないけれど、安達氏が構想されているとおり、PPS では玉石混淆どんな論文でもオープンにする。査読無しでスピーディーに成果を読者に見てもらえるのが特長。上のプロセスでいうと (1) から一気に (6-A) に飛んでしまうのだ。誰かが内容を盗んだとしても、盗まれた側の論文も既に公開されているので調べれば先取権はクリアになる。
 現在の PPS はただ論文が置いてあるだけのところが多いと思うけれど、評価付けをできる仕組みも備わっていることが望ましい。同業者の評価コメントや引用によって個々の論文の価値が長い間に確立していき、ダメ論文は顧みられなくなっていく(ただしサーバから消えることはない)。Amazon サイトのように、論文に付された個々の評価コメントにさらに評価をつけられるようにすると、なお公平になるだろう。もしかしたら知らないだけで既にそういう PPS もあるかもしれない。

 ただ、既存の出版社による論文誌とどのような関係になるのかが未知数。著者が論文誌に投稿すると同時に PPS にも載せてしまう場合もあるらしいけれど、論文誌がそのようなことを認めるのか? 共存は可能なのか?
 しかし未来の論文を通じた研究情報交換がどんな形態になるかを考えたとき、PPS のような開かれた媒体が主流になるのは間違いないと個人的に思う。それは誰でも小説や絵を発表できるネット文化が発展したのと同じ。

 この PPS システムに何か問題はあるかな? としばらく前から考えているのだけど答えがなかなか出ない。とりあえず文を UP してもう少し考えよう。