作文技術

■ 書籍『理科系の作文技術』木下是雄(1981 中公新書)★★★★★

 現在も版を重ねる古典的名著。
 とにかく伝わり易い文章を、という方針に基づいた作文技術の具体的ノウハウ。自分も仕事の文章やこういうブログのエントリを書く際に、どう書けば伝わりやすいかと日々悩んでいるから、まさに必読書であった。「文のねじれ」(1つの文の前半と後半で主語が変化する)に気をつけよ、漢字語を続けるべからず、パラグラフの最初の文を繋げれば全体の要約となるようにすべし、語尾をなるべく多様に変化させるべし、など、今まであまり意識しなかった有益な指摘を多く受けた。
 中には、自分のスタイルと合わないと思った指南もいくつかある。例えば「適度な白さ」。木下氏は原則として「初めて」「我々」「決める」を漢字で書かず平仮名で書くという。私はどちらかというと漢語を使い、和語も漢字で書くのを好む(程度問題だが)。「かたむいている」より「傾斜している」と書きたい。この問題は今後も他の人と文章コミュニケーションをとる中で考えよう。

 一般に、文章読本はそれ自体が良い文章のお手本でなければならない。本書の文章は背筋がピンと伸びて品格があり、かつ読んでいて味わい深く楽しい。厳しく温かい師匠に導かれている気持ちになれる。木下先生は薄膜がご専門で、示された実例も私には馴染みやすいものだった。
 論文原稿作成や学会講演スライド作成方法の解説には今の時代に沿わない部分もあるが、逆に Word や PowerPoint の無かった昔はペン書きの原稿用紙やスライド用清書原稿にこれだけ手間をかけていたのだ、というエピソードとして貴重だ。図面の記号や数字を1字1字インスタントレタリングで貼っていたことを考えると、キーボードやマウスで瞬時に美しい字面や図面を作成できる今はまったくユメのような時代だ。
 しかるに、コンピュータ技術が進歩した現在、人間の作文技術も進歩したとは決して言えない。自分も常に精進せねばならないのは前提として、他の人が書いた文章に「ウガー」と叫びたくなることもしばしばだ。教科書を親しみやすく書こうとするあまり、わざとらしい関西弁のツッコミ台詞を混ぜる人。学生向け教材の中に「そろそろ終わりにしたい。私もけっこう忙しいのだ」と心の呟きを盛り込む人。あるいは昔からいっこうに絶えない、スライドに文章を長々と書き連ね、講演ではその音読に終始する人。本書を読んで己を省みられよ。
 今後この本は2つの役割で私の座右の書になると思う、一つには自分の文章を絶えずチェックするため、もう一つには世にはびこる品格を欠いた文章を批判的に見るときの典拠として。