フランスの大学の博士審査公聴会

 金曜日に化学科の学生の博士論文審査公聴会があり、聴きに行った。公聴会は既に何度か聴いているが、この機会に仏の公聴会がどんなものかを紹介がてら書き留めておきたい。私が日本で経験したものとはだいぶ違っていて面白い。

 大学の内外を問わず、誰でも傍聴できる。主役の学生があらかじめ関係者にメールで「来てね」と告知する。講義室もしくは「博士審査室」と呼ばれる専用の部屋に、研究室仲間やら共同研究者やら友人・家族やら、この時は 40 人くらいの聴衆が集まった。発表者の学生はスクリーン前で PC をスタンバイしている。やがて開始時刻になると、審査員の先生方(今回は8名)が部屋に一列に入場してくる。このとき聴衆は特に合図もないのに全員起立してそれを迎える。主査(審査員長)が口上を述べ、厳かに発表が始まる。ちょっと法廷の裁判開始時の様式に似ているね。なお審査員の半数以上は他の研究機関から招いた大学教官や研究者で、主査もナントの CNRS 研究所の所長であった。

 発表時間は 45 分。それが済むと質疑応答に移るが、これは審査員1名ずつ順番の発言になる。5分か 10 分の間は1人の審査員がずっと、コメントや感想を喋ったり発表者と議論の応酬をするのである。まとまった時間があるだけあってかなり細部に渡って指摘がなされる(たとえば「図○の縦軸の単位がおかしいですよ」とか)。これが審査員全員について繰り返される。質疑応答は通常1時間ほどだが議論が白熱して延長されることもしばしば。
 その後、審査員団は審査結果を協議するため(という建前だが実際は雑談するだけかも)退席して別室へ移動する。その 15〜20 分ほどの間、発表者や聴衆には休憩時間になる。やがて審査員団が会場に戻って来て、再び全員が起立。表彰式のように審査員団が発表者と向き合い、主査が厳かに審査合格と博士号の授与を宣言。聴衆は拍手し、発表者は各審査員と握手してめでたしめでたし…。

 フランスではいつも感じることだけど、これもまた1つの舞台であり演劇なのだな。様式を重んじる。発表者も審査員も、話の流れとかパフォーマンス技術に気を配っているように感じた。
 無事博士号授与の儀式が終わった後は、たいてい主役の学生やその家族がパーティを主催し、関係者と飲み食いして過ごす。審査会からパーティまで含めた一連の行事がイベント性を強く帯びている。

 ちなみに私がむかし経験した博士論文審査会はというと…
 審査員は4名、すべて学内の先生。うち2名は自分と同じ研究室の先生。主査も自分の指導教官。会場は小さい会議室で、非公開で行なわれた(つまり公聴会ではない)。発表や質疑応答の時間は上記と大体同じだが、質疑応答は各審査員が自由に発言。発表学生との討論が主で、コメントの比重は多くなかった。そして質疑応答が終わると、審査員が「じゃあ君は退室して下さい」。それでおしまい。合格を聞いたのは研究室に戻って来て改めて指導教官と顔を合わせた時だったかな。
 1人1人の博士の誕生をイベントのように扱うフランスの大学と比べ、日本の大学はいわば流れ作業のように博士を量産するのだなと感じる。多くの学生が同じ時期にまとめて審査を受けるから仕方ないという事情もあるのだろうけど。