日活ジブリ

■ 映画『コクリコ坂から宮崎吾朗監督 (2011) ★★★★★

 題名の「コクリコ」はかつての私の通学路にある飲食店の名から取られたという縁もあって、公開当時から見たいと思っていたが、一時帰国とタイミングが合わなかった。それが今月フランスで公開されたので、早速観に行った。面白かった! これは好きな世界だ。近年のジブリ映画に珍しく自分のツボにはまった。
 もっとも作品に欠点が無い訳ではない。演出上の疑問や物語の新鮮味の無さなど、いくつか指摘したい点がある。まあそれらについてはいつかまた書くかもしれない。

 昭和 38 年の風物が非常に丁寧に描かれている。釜でご飯を炊く場面から始まって、謄写版、チョコレート色の国電、未舗装の道路に面した商店街などなど。近代化しつつある都会とまだ近代化していない郊外の境界がそこにあった。学生新聞の紙面のレタリングに至るまでリアルに時代が再現されている(映る時間が短かくて全部確認できなかったが、記事の文面までスタッフがちゃんと書き込んでいて、それがいかにも当時の学生が書きそうな文体なのだ。将来テレビ放映されたら、録画をそのつど一時停止してじっくり読んでみたい)。
 『ALWAYS 三丁目の夕日』と比べてしまう。あちらも時代考証という点では完成度が高いのに、何か違和感があった。どうも『三丁目』の登場人物の行動パターンは現代人っぽかった気がする。『コクリコ坂』の人々は、観ているほうが気恥ずかしくなるくらいまっすぐで純粋だった。こちらのほうがあの時代にしっくりくる。最後、ある事を確かめるために、ひいては好きな相手と結ばれるために、全力で走る二人が忘れられない。照れも衒いも無い生き方がまぶしく見える。
 そう思っていたら公式サイトに、吾朗監督が本作の演出にあたって昭和 30 年代の日活青春映画を多数観て参考にしたという記述があって、とても合点がいった。あの雰囲気はまさしくそうだ。いつものジブリ絵の人物たちが、昔懐かしい青春映画の様式で喋ったり動いたりしている。日活青春映画とジブリアニメの幸福なマリアージュとも言うべき作品なのだと思う。

 宮崎父や鈴木プロデューサーが、自分の思い入れのあるものを吾朗に作らせたのが本作だろうと指摘する人がいる。多分その通りだ。鈴木氏はだいたい主人公らと同じ世代。高校生活の描写を観ていると、バンカラな男子たちとしっかり者な女子たちとの一致団結とか、個性が混沌と吹き溜まっている部室棟とか、校長や理事長を向こうに回した学生運動とか、甘酸っぱいノスタルジー要素がいっぱい。その一方で、敵役(部室棟の取り壊しを決める校長など)はほとんど顔を出さない。好ましいものだけを描いたというカンジ(ということは、明らかに徳間康快をモデルにしている理事長とのやりとりにたっぷり時間を割いているのは、駿や鈴木の徳間に対する個人的な思い入れによるのだろうか)。
 いまや多くの人にとって、学生運動というものにはあまり明るいイメージはない。作中、昭和 38 年に学園闘争に熱中していた高校生らの中には、この数年後に大学紛争に身を投じてボロボロになった者もいるのかも、などとつい考えたりする。「暗」の部分を描いていない点ではバランスのとれていない作品かもしれない。でも日々オトナの仕事に追われているおっさんが観れば、確実にノスタルジックな気分に浸れる。というわけで、おっさんである私はもう1度くらい劇場に観に行ってもいいかなと思ってます。