ノータイ

 朝早く来て基板をチャンバーに導入。デスクワークとか飛び込みの実験とか。夕方、抜け出して髪を切ってもらいに行く。コンビニ店長でもある美容師さんは今日も眠そうだった。
 深夜に製膜しようと思って再び職場に来たのだが、考えてみたらもう一晩引いて明日の早朝に製膜した方が良い真空度で堆積できるので、今日はやめて帰ることに決定。往復のガソリンをドブに捨ててしまった。

「時代はノーネクタイだね」
「政府がクールビズとか言ってるけど、賛否両論だよな。『逮捕されない限り私はネクタイを締め続ける』なんて言う人もいた」
「それもまた極端だな。まあネクタイをするにせよしないにせよ、強制されるべきではないよね。ただ気候風土から言えば今のネクタイは高温多湿の日本の夏には絶対合わないから、個人的にはノーネクタイはいいと思う」
「ネクタイ業界は猛反発しているらしいぞ」
「だって、もともと日本にネクタイなんか無かったんだからね。本来の姿に戻るだけだよ」
「本当に本来の姿に戻るんなら、和服着ろよ」
「でもネクタイってやっぱりかっこいいんだよね」
「昔から襟の部分の装飾にもいろいろあった中で、これが一番普及したということだから、何か見る人の心理に訴えるデザインなんだろうな」
「だから、月並みだけど、もし‘涼しいネクタイ’が考案されたら使うよ。その時はシャツのボタン1つ2つ外しても見映えがするようなデザインにしてほしいな」
「でも襟元を開けてネクタイなんか締めると、だらしなく見えるからやらないだろうな」
「そういえば昭和20年代の日本映画を見たら、夏の役所のシーンなんか男はみんなノーネクタイの白い開襟シャツだったぞ。あれでいいんじゃん。結局、なぜ今ノーネクタイに拒否反応が起きるのか、わかんないや」