牛丼4

 今日の朝日新聞のコラム『ゼロヨン時評』で森達也氏が書いていた内容は、私もまさに感じていたことだった。曰く、12月に米国の1頭の牛がBSEであることが発覚した以前にもBSEの牛が存在した可能性はないとは言えないのだと。最後の牛丼を求めて牛丼屋に群がる人々やそれを報道するメディアには(牛丼屋にも)、実は彼らはまったく安全な牛丼を食べているわけではないという、その視点が欠けていると。
 別に「備蓄の米国産牛肉も食べてはいけない!」と言いたいのではない。ある程度のリスクを認識して自己責任で食べるのであれば、誰もそれを非難できない。実際今の時代に「まったく安全」なものはほとんどないと言っていい。時々○○は買ってはいけないというような本が出れば大騒ぎになるが、多くの人はやがて危機感覚がマヒして添加物入りのソーセージも農薬のついた野菜も平気で食べるようになる。日常生活を円滑に営むためにはしかたがない。米国人だって日本人と同じで、BSE発覚から1ヶ月経った頃にはみんな以前のようにバーベキューやハンバーガーを食べていた。
 全頭検査をやらないということは、合理性のためにある程度のリスクを庶民が背負うということである。それは一つの選択肢ではある。数十万頭に1頭の割合でBSE牛が混入してもいいから米国牛肉の輸入を再開してほしいか、280円の牛丼を当分食べられなくてもいいから全頭検査をあくまで求めていくか。どちらを選ぶか、日本に住む一人一人がそろそろ考えなければならない。