ゾルゲ

■『スパイ・ゾルゲ篠田正浩監督(2003)
 3時間があっという間だった。満州事変、2・26事件、第二次世界大戦という昭和初期の大事件を、リヒャルト・ゾルゲや尾崎秀実らの目を通して綴った一大絵巻。彼らの人間ドラマもある程度描かれているものの、むしろ時代のうねりのほうに重きが置かれている。この映画の最も重要な主人公は、昭和6年から20年にかけての‘時代’なのだろう。

 その時代の空気を観客に伝えるために、篠田監督はおよそ可能な限りの手法を駆使する。なかでも映像に圧倒される。上海撮影所の巨大オープンセットやデジタルCGで再現された、当時の上海や東京の街並みにびっくり。デジタル技術はこういうところに使ってほしい。私のはかない夢は、恐竜と一緒に走り回ることでも、宇宙へ出て星間大戦争に加わることでもなく、ちょっと過去の日本の風景の中に身を置いてみたいというものであったのだが、この映画を観てその希望のかなりの部分が叶えられた。
 そして小道具1つ1つにこだわりがあり、嘘っぽさがない。理科系人間としては、彼らがどんな通信機を使ってどんな場所から情報を発信していたかという描写にも興味が尽きない。国家を動かす重要な情報は、意外なほど簡素な手段でやりとりされていた。

 音楽の使い方については少々鼻白んでしまった。いや、池辺晋一郎作曲の重厚な音楽はすばらしい。ただ米国大使館やら戦艦の映像に「星条旗よ永遠なれ」「軍艦マーチ」は少々単純すぎないか。戦後闇市のシーンのバックに「リンゴの唄」を流すのも使い古された演出だ。せっかくの良い映像が安っぽくなってしまって残念。
 とはいえ、映画全体には満足だ。作品に込められた監督の強烈なエネルギーに圧倒された。