隣どうしのつきあい方 −『バナナ村に雨がふる』『オランガタン』−
『バナナ村に雨がふる』が登場した1987年は、じつは私にとっては「みんなのうた」空白期だった。既に自分がいいトシになっていたということもあるが、新曲の中で自分好みの曲の占める割合が少なくなったという理由のほうが大きい。少年の頃に比べて番組のカラーが変化したのだ。そんな中、この歌は当時たまたま耳にして私の心をとらえた歌だ。先日、石川ローカルの番組で映像とともに流れていて、とってもしあわせになりつつ聴いた。
作詞の銀色夏生は、いつもはもっとリリカルで繊細な、葉祥明とか上野紀子といった画家の絵が似合うような詩を書くと思っていたのだが、この歌はまあどうだろう。野暮と知りつつあえて歌詞の大意を記してみる。
--- バナナ村にはバナナの雨が降り、イチゴ村にはイチゴの雨が降る。雨になるとみんなおもてに出て、それぞれの果物を好きなだけ享受する。さらに、バナナ村とイチゴ村は隣同士だ。なので双方の住人はいつもの果物に飽きたらときどき入れ替わり、バナナとイチゴをたっぷり堪能してとっても幸せ ---、という歌。実にハッピーでナンセンスな世界。そのナンセンス世界に乾裕樹が型破りな曲をつけてさらに広げ、EPOが浮遊感いっぱいに歌い上げ、南家こうじがハジケたアニメで飾る。 詩、曲、歌、絵が相乗効果を生み、1 + 1 + 1 + 1 が 8 ぐらいになったようなインパクトある歌曲となった。こういう“翳り”というものがみじんもないお祭りのようなメルヘンもいい。
たとえばサビの歌詞。
♪ワォバナナ ワォイチゴ ワォワォウー
これだけでも素人にはなかなか書けない詞だと思う。このフレーズにつけられた曲は以下のとおり。
｜ソーソファ＃ーレ｜ソーソファ＃ーレ｜ソーーファ＃ーレ｜ミーーー・・｜
｜Ｃ Ｄ／Ｃ ｜Ｃ Ｄ／Ｃ ｜Ｃ Ｄ／Ｃ ｜Ｃ Ｄ／Ｃ｜
当時、こういうコード進行は初めて見た。え、なんじゃこりゃ？ と思う間もなく不可思議な歌の世界に引きずり込まれる。さらにアニメではゲバゲバ90分を思わせるシンプルなキャラがちょこまかと踊り回る。もうコドモたちの脳への刷り込み効果はバッチリだ。当時日本中の幼い子らが回らぬ舌で「♪ワオバナーナ〜」なんて日がな歌ってたんだろうと想像する。
ところで、何度も歌と映像を頭の中で反復しているうちに、別の歌を思い出した。それはやはり「みんなのうた」で歌われた『オランガタン』。
『バナナ村…』の２つの村は黄色とピンクで描かれていたのに対し、『オランガタン』は赤と青の２つの町の歌だ。放送された歌の内容は、--- 川の右岸の町は青色、左岸の町は赤色を尊重するという価値観をもち、両者は川を挟んでにらみあっていた。ある日、川が増水して２つの町が融合し、青と赤が混じりあった紫色の世界の出現に住人たちは新たな幸せを見出す --- という話。
だが、じつはこの歌はこれで終りではなく、時間の関係で放送されなかった続きの部分があるのである。
--- 紫色に幸せを感じたのもつかの間、人々はかつての青もしくは赤に染められた自分の町を懐かしがり、戻りたがった。そのときまたしても川が町を２つに割り、結局元通り赤と青に分かれて人々は心安らかとなり、めでたしめでたし --- 。
放送部分しか聴いたことのない方には、びっくりするような結末ではないだろうか。『オランガタン』は隣人との一体化に失敗するという、苦い歌だったのだ。
その点、バナナ村とイチゴ村の住人たちは、時々入れ替わるくらいで、隣人と一体になろうなどとは考えない。『バナナ村…』のアニメでは黄色とピンク色が入り組んで縞模様を描くことはあっても、両者が混じりあってオレンジ色になったりは決してしない。
要するに、これら２曲はいずれも隣どうしの地域の付き合い方について語っている。『オランガタン』は両者の距離が近づきすぎて失敗した例を歌い、それから７年後に『バナナ村…』は両者が適度な距離を保ってうまくいっている例を示して見せた。
現実世界でも、隣り合う町や国同士が合併した時に、両者の文化や考え方や政治形態が無理矢理統一されることによる歪みが生じる場合も多いのだろう。かといって、川を挟んでにらみ合うだけ、という構図も好ましいとは言えない。ＡはＡ、ＢはＢと生活基盤の独自性を保ちながら、人やモノの交流は活発に行なうくらいがちょうどいいのではないか。そう考えると、この２曲は単なるナンセンスソングではなく、社会的に深いメッセージをはらんだ歌だと思えてくる。
このネタ、いつか文章にしようと思いつつ寝かせておいたら、『バナナ村…』が今月と来月（2002年８・９月）の再放送曲に決まり、正規の「みんなのうた」枠で放送されるというので慌ててUPした次第です。どんな曲でもそうだけど、これを見逃すと今度いつ放送されるかわからない。♪みんなＴＶへ急げ ウ〜ワ フ〜ワ♪ (2002. 8. 7)
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■ 『バナナ村に雨がふる』 銀色夏生作詞、乾裕樹作曲、1987年８・９月「みんなの
うた」で初オンエア／「NHKみんなのうた楽譜集」（NHK出版）第27集に所収／2002年
８・９月には火・木曜日12:55 - 13:00 にNHK教育ＴＶでオンエア
■ 『オランガタン』 伊藤アキラ作詞、惣領泰則作曲、1980年２・３月「みんなのう
た」で初オンエア／「NHKみんなのうた楽譜集」（NHK出版）第20集に所収
