韓国漂泊綴 (3) 飲食  〜はじめての味、ちょっと変わったいつもの味〜

 それにしても韓国の人ってどうしてあんなに大量の唐辛子を食べるんだろうね。ご存知のように韓国の食堂ではこれでもかとばかりに多数の皿が出てきて、しかもそれらの料理の8割くらいはコチュ味だ。コチュラーと呼びたい[1] 。
 朝鮮半島に唐辛子が入ってきたのは意外に新しく、ざっと400年前で、しかも日本からだそうだ。それまでは半島でも漬物といえば塩漬けか醤油漬けだった[2]。また日本に唐辛子が入ってきた時期もほとんど同じらしい[3]。にもかかわらずこれほど普及率に差が生じるのは面白い。
 日本で。「これがメキシコ渡来の唐辛子です」「うひゃ辛いな。とてもこれでオカズは作れん。まあ蕎麦の薬味にでも使おう。そこの朝鮮の人、土産にどうかね」
 そして朝鮮で。「これが日本渡来のコチュです」「おおっ辛いぞ! すばらしい、これこそ我々が求めていた味だ! あらゆる料理をこれで作るぞ!」あっというまに半島中に広がる。
 なんて感じだったのかな。憶測だけど。


 これはBさんに御馳走になった韓定食のお店の玄関です。

 以下、今回韓国で食べたり飲んだりしたものについて、思いつくままに書き留めておく。


●蔘鶏湯(サムゲタン

 実は鶏肉大好きなんで、一番期待してました。蔘鶏湯はコチュ系料理ではなく、モチ米や木の実、高麗人参を詰めた若鳥を一羽丸ごとグツグツ煮込んだスープだ。滋養豊富、身体によろしい。
 ガイドブック片手に行った店は明洞(ミョンドン)の「百済蔘鶏湯」。日本人観光客御用達の店だ。メニューも日本語併記だった(ただし、アジアでよく見かけるへんな日本語だけど)。今回は烏骨鶏の蔘鶏湯にトライ。
 石の器ごと加熱されて、まだ沸騰してぐらぐら煮立っているスープをいただく。
 うん、うまい。鶏の旨味がとことん溶け込んでボディのある味。元気が出る。
 鳥は意外に小骨があるので、一羽丸ごと食べ尽くすのは結構時間がかかる。それだけに食べ終わったときは達成感がある。期待を裏切らなかった。満足満足。

 余談だが隣のテーブルでは、買い物帰りらしい日本人の娘さん2人組が蔘鶏湯を食していた。東京言葉の会話にちょっと耳を傾けてみる。

「金沢の『とり丸』を思い出すなあ」
「じゃあ、こんど金沢行こうよ」

 えーっ、こっちはこれを食べに遠路はるばる金沢から来たというのに(大袈裟)、ウチの近所の店と比べられるとなんだか有難味が半減するなぁ。そりゃ『とり丸』も旨いけどさ。

 今回の韓国旅行ではカルビを食べられなかったのが心残りだが、食べた料理の中では、この蔘鶏湯が一番のお気に入り。


補身湯ポシンタン

 犬を食べた。
 と書くと当サイトのアクセス率が減ってしまうかもしれないが、どうか引かないで下さい。
 韓国人の犬肉食いを欧米が非難して、それに韓国が「伝統的な食習慣だ」と反発しているとか。犬とはそんなに魅力的な食物なのか? 犬を食うことは是か非か? これは実際に食べてみないと何とも言えないな、というわけで今回の訪韓で一度食べてみようと決めていた。

 愛犬家の方には済まないが、私はこれまで犬とあまり親しくさせていただいた経験はないので、まあ食べることにはそれほど抵抗はない。
 しかし槍玉に挙げられているだけあって、蔘鶏湯のように簡単に口に入る料理ではない。店を探すのが困難なのだ。大っぴらには営業できないらしい。
 また、韓国でも皆が皆、犬を食べるわけではない。今回案内をお願いしたHさんに補身湯を食べたいと言ったら、えーっそんなもの食べるの、とひどく気持ち悪い顔をされた。彼女自身食べたことがなく「叔父さんが食べたことがある」程度だという。

 茶店の店員に教えてもらい、ある食堂にたどり着く。
 Hさんは「私はいい」と言うので、一人で唐辛子味の鍋を食べた。いつもながら熱いし辛いしで戦場のような鍋。煮込まれた小間切れの犬肉は、柔らかく、脂が乗っている。味は癖がない。犬だと知らせなければ、誰の口にも合うと思う。正直、癖がなさすぎて印象が薄いくらいだ。
 犬の肉のタンパク質は人体のそれに成分が近いので、人間が食すと身体の組織になりやすい。なので医師がよく病人に勧める、という説明。なるほど、身を補うから補身湯なんだ。これを食べに日本から出向くほどのことはないけど、スタミナ食としてとても良い食べ物らしいということはわかった。

 「でもやっぱり犬を食べるなんて!」という方には、どうか『美味しんぼ』第56巻をお読みいただきたい。犬だろうがクジラだろうが野菜だろうが、他者の命を食べることに変わりはないという話。


マクドナルド

 発音は「メクドナルドゥ」です。
 店の雰囲気は日本のマックと同じです。
 プルコギバーガーセットを頼みました。
 ちょっと唐辛子味がついている以外は、日本のマックのハンバーガーと同じでした。
 意外な点を発見できないまま、調査終了。せめて玄関のハングル文字でもご覧下さい。


●人参ジュース

 帰国直前、時間つぶしに入った仁川国際空港のカフェで注文した。
 オレンジ色かと思ったら、ミルク色の飲み物が出てきた。ああ、朝鮮人参なんだね。
 甘く味付けしてあって、ココナッツのような風味がある。加えて薬効のありそうな風味。多少甘さがきついが、結構好みだ。ルートビアを好きな人はこれも好きになるのではないか。自分の根っ子系飲み物リストに、また一つメニューが加わったのだった。


●水正果(スージョングァ)

 仁寺洞(インサドン)にある、伝統的なお茶とお菓子を出す茶店(写真右)へ連れて行ってもらった。
 出てきたのは、陶器のボウルに注がれた、褐色の冷たい飲み物。これもまた薬効のありそうな、それでいて非常にすがすがしい味だ。シナモンとショウガを煮出して、甘味を加え、干し柿を漬けたもの。美味なり。

 ルートビアではないが、これも何かに似ている味だ。今回はすぐわかった。浅田飴ニッキだ!
 そう思ったら、やはり喉の痛みや風邪に効くという。なるほど。
 疲れた時や暑い時にも、たまらないだろうね。唐辛子料理の続いた後にこういうものをいただくと、ホント、癒されますな。(02. 5. 2)


[1] といっても中には「辛いのは苦手なんだ」という韓国人もいる、と最近の『とっさのハングル』で言っていた。韓国人=コチュラーはあくまで一般論ね。

[2] 宮原誠也 『誰も歩かなかった韓国の旅』(1997 昭文社)より。

[3] 川島四郎 『続 まちがい栄養学』(1989 新潮文庫)より。[2]と[3]では唐辛子渡来の年代に数十年のずれがあるが、いずれにせよ17世紀前半に日本に上陸して間もなく半島に渡ったことは確かなようだ。