韓国漂泊綴 (2) 言語 〜やっぱりハングルを話したい!〜

 韓国に出発する前に、TVのハングル講座などで少しはハングルを勉強したつもりだが、一夜漬けなので達成度は日常会話レベルには程遠いものだった。だって、「バスで行けますか?」という文を話せても、もし相手が「行けないことはないけど本数が少ないから、乙支路2街まで地下鉄で行ってそこから歩くといいよ」なんて返してきたら全然理解できないのだ。まあそういう劣等感、屈辱感を日々経験して発奮してこそ語学が上達するのだろうけど。

 今回の旅は日本語か英語を話す方々に案内していただいたので不自由なく過ごせたけれども、もしハングルしか話してはいけないというルールを課されると、今の私は韓国で一日も生きられないだろう。
 年輩の方は戦争中に日本語を学習させられたので、今でも話せる人が多い。若い世代であればたいてい英語がある程度は通じる。そんなぬるい状況の中、当初の「できる限りハングルで意志を疎通させてみよう」という意気込みは次第にしぼみ、終盤ではもうハングル会話に挑戦することを放棄した自分がいた。

 私「ヨボセヨー」(すいませーん)
 店員「ネー」(はーい)
 私「ニホンゴカエイゴ、ワカリマスカ」

たいていこのパターンだった。情けないなあ。

 ところがある時、英語も日本語も知らない30歳くらいの男性に会った。自分はハングルをほとんど知らないので、会話はお手上げ。途方に暮れた。
 そうだ、漢字はわかるかも、と思いついた。紙に書いてみたら、通じた。ああ助かった! 以後は筆談でかろうじて意思疎通できた。
 現在韓国の新聞雑誌書籍ではハングル文字のみを使うのが主流で、漢字は固有名詞か同音異義語の補助説明に使われているに過ぎない。日本語では漢字に振りがなを振るけど、韓国ではハングル文字に”振り漢字”を振るのだね。近年は復活したが、ひところ韓国では学校での漢字教育も撤廃していた時期があったそうだ。やっぱり教えたほうがいいと思うなあ。新聞雑誌書籍で漢字ハングル混じり文を標準にするかどうかは別として、「コンソル(建設)」「ハクセン(学生)」などの漢字語を日常的に使っている以上、その由来を知っておくことは重要であろう。それに漢字を教えてくれないと、ハングルを知らない日本人は筆談すらできなくなるのが辛い。

 ハングルの発音をある程度真似するのはやさしい。
 たとえば日本人が韓国人相手にハングルのワンフレーズを口にしても、「おおー、こいつハングルしゃべってるよ」というような反応を、あちらの人はあまり示さない。自然にハングルで返してくる。こちらの発音が向こうにも違和感なくスッと受け入れられたのか、向こうはこちらがハングルを喋るのは当然だと思っているのか。おそらく前者だと思う(思いたい)。
 中には日本人にとって発音しにくい子音もあるし、10種類の母音を区別して使うところまではなかなか行けない。「オルマエヨ」(いくらですか?)と言う時にも「ル」は舌を上顎につけないとか「ヨ」の母音は「ウに近いオ」だとか、注意すべき点はあるのだろう。でも日本語的発音で「折る前よ」みたいに言ってればたいてい通じるから楽だ[1]。

 注意して聴いていると、「アンニョンハセヨ」よりも「アニョアセヨォ」と表記したほうが韓国人の発音に近い。「ミホコ」という日本女性名をあちらの人々は皆「ミオコ」と発音するのをTVで見た。このようにhは弱く発音される場合がある。そういえば我々も「おはようございます」とサラリと言うとき「おあよございます」に近い発音をしているね。教則本のカタカナはあくまで参考程度に考えるべきなんだな[2]。
 発音を勘違いしていた例をもうひとつ。「木浦」という地名に「モッポ」と振り仮名をつけるケースをよく見かけるが、「モッポ」でなく「モクポ」(クは無声音)と発音しなければ韓国では通じない。意識せずとも、我々が普通にモクポと言えば、クは無声音になるから大丈夫[3]。

 ハングル文字の基本母音10個、子音18個の文字の構成要素だけは試験前のようなつもりで暗記したから、時間さえかければどんな文章も一応は声に出して読める(はずである)。これはハングル文字の利点であって、これらの構成要素だけ覚えれば、3歳の子供が大人向け週刊誌を見ても(意味はわからないながらも)とりあえず音読はできるわけだ。それが教育上良いことか悪いことかは意見が分かれるかもしれないけど。
 ただし、私がハングル文字に慣れるのには、まだ時間がかかりそうだ。あんな「○」「|」「−」ばかりの文字、韓国人はよくスラスラ読めるなあと思う。私はいま1文字読むのに3秒くらいかかる状態で、これではとても日常生活をスムーズに送ることができない。停留所にやってきたバスの行き先表示を読んでいる間に、バスは行ってしまう。ハングル文字をスラスラ読めないうちは、本当に韓国の生活にどっぷり浸ったとは言えないのだろう。

 じゃあ今度韓国に行くまでの目標は「ハングル文字で書かれたTVの字幕スーパーを素早く読める」「中1で習う英語くらいのレベルまでハングル会話を身に付ける」ということにします。(02. 5. 2)


[1] アメリカ人に「知らんぷり!」と言うと相手は椅子に座る…ようなものかな。

[2] 教則本のカタカナと、自分の耳で聴いて書いたカタカナの2つを併用するのが良い方法だと思う。これはどんな外国語にも当てはまる。たとえば英語の「important」という単語に教則本では「インポータント」とカナが振ってあるが、先入観なしで本物の発音を聴くと「エンパウルン」のようにも聴こえる。発音するときにその2つの表記の間をとった音を発音すると、かなり本物に近くなる。オススメです!

[3] 日本語で「北斗(ほくと)」と言うときにクが無声音になるのと同じ。だが「木琴(もっきん)」と言う場合には完全にクが「ッ」に変化する。ここまで大胆な音変化は近代の日本語に特有の現象かも。


 バスに書いてある文字もやたら多いし。