動き始めた汽車に飛び乗れ!

 FM番組でちあきなおみの『喝采』を久々に耳にした。昭和47年のレコード大賞受賞曲。歌中に「♪動き始めた汽車に 一人飛び乗った」というくだりがある。デッキ部分がオープンになっている古い型の車両であろう。昔聴いたときは気にもとめなかったが、列車がほぼ100%自動ドア車両となった今、改めて聴くと「ああ、昔は自動ドアじゃなかったんだなあ」としみじみ感じる。そもそも、歌詞に「汽車」という言葉が出てくることも、今ではまずないよ。
 このオープンデッキの旧型車両関係の場面というと、『喝采』のような涙の別れのシーンももちろん多いのだが、私などは「いなかっぺ大将」やバスター・キートンなどのスラップスティックコメディのほうを思い出してしまう。汽車に乗り遅れた人が線路を走って追いつくとか、疾走する汽車から落ちそうになってコイノボリのように必死でデッキの手すりをつかんでいる場面とか。まさにカラダを張ったギャグ。そんなわけで子供の頃、一度でいいから動き始めた汽車に飛び乗ってみたいと思っていたものだが、それを実行できる旧型車両には実はまだ遭遇したことがない。

 そこで、この型の車両はいつ頃まで走っていたのか(もしくは、今でもどこかで走っているのか)、よく行く掲示板で”鉄道好き”兼”歌好き”の常連さんに教えてもらった。昭和50年代後半から徐々に姿を消し、平成2年神戸市内の兵庫-和田岬線に走っていた車両が引退したのを最後に、公式には旧型客車は全廃となったとのこと。意外と最近まで走っていたんだな。ただし静岡の大井川鉄道では、現在でも不定期ながらSL牽引の列車に古い客車列車が使われているという情報をいただいた。いつか機会があれば、動き始めた大井川鉄道に一人飛び乗ってみたい。

 鉄道好きの人は、B5判の時刻表を毎月買って飽かず眺めるらしい。私もたまに時刻表の口絵の風景写真など見ることがあるけど、たいていは新型車両の走る路線、新築の娯楽施設が紹介されるのみで、自分はそういうものにはあまり食指が動かないことを認識する。私が旅して身を置いてみたいのは「省電」と呼ばれたころのチョコレート色の山手線車両だったり、一面の野原に囲まれていたころの瓦屋根の金沢駅舎だったりするのだ。もちろんそれは決して実現することのない旅。行けないからこそ思いが募るんだなあ。