異物混入食品と「買ってはいけない」論争

 この夏に急に増えた異物混入食品の報道。偶然かもしれないが、それにしても多過ぎる。偶然でないとすると、可能性は2つ。
(1) ほんとうにこの夏だけ(何らかの理由で)頻繁に異物が混入した
(2) 以前から異物はこの程度の頻度で混入していたが、表沙汰にならなかった

 次にそれぞれについて考えられるケースを挙げ、当事者の気持ちを推測してみる。


(1-A) 何者かが全国の食品工場に異物を入れて回った
 「そうだよ、牛乳工場にブドウ球菌を流し込んだのも、缶詰工場でヤモリを仕込んだのも、キムチに芋虫を入れたのも、全部この俺の仕業さ。今年の夏はクソ暑いから、イライラしてたのさ。大騒ぎになってこっちはスッとしたぜ。ヒヒヒヒ」これはまずないだろう。

(1-B) 天候、もしくは社会的要因のために、全国の食品工場でミスをする作業員が相次いだ
 「なにしろ今年の夏は暑かったでしょ、私ら作業員はみんな判断能力が低下してしまって。それに雪印の事件があったもんだから余計”ウチもそういうミスをしたらどうしよう”と気になりだして。ほら、びくびくするとかえって失敗することってあるじゃないですか」びくびくしすぎるとヤモリが混入するのか。

(2-A) 以前は消費者がメーカーに連絡しなかった
 「あたしなんか前からそんなトラブルにはしょっちゅう会ってたわよ。でも別にスナック菓子にプラスチック片が入ってたって、死にゃしませんからね。いちいちメーカーにクレームつけるのもめんどくさいし。でも雪印のことがあってからは、なんかね、気になって。もし今度同じようなことがあったら文句言うわ」17歳による犯罪がたまたま続いたために、17歳はどいつもこいつも危険人物のように見えるという現象に似ている(もちろん実際にはそんなことはない)。

(2-B) 以前はメーカーが苦情を揉み消していた
 「私どもメーカーとしましても、まあなるべく表には出さずに穏便にすませたいと。じっさい製造工程で異物というのはどうしても混入してしまうものなんですよ。完全に異物なしを実現するには莫大なコストがかかり、製品の値段にも跳ね返ってきます。今まではお客様の苦情に個別に対応しておりましたので、話が大きくなることはなかったんですが、今はマスコミがいちいち騒ぎ立てるもんで、どうにもやりにくいですねえ」本当に異物混入が避けられないものかどうか私は知らないが、公には言えないこういう本音がメーカーにはあるかもしれない。

(2-C) 以前からマスコミも異物混入に気付いていたが、あえて報道はしなかった
 「だってパンに蝿が入ってたって、通常だったら記事になりませんよ。特に食べ物のなかった時代には、多少のものが食べ物の中に入っていても平気で食べていたもんです。だけど今は世間一般が潔癖症になっちゃって、そこへ雪印の事件があったから、ちょっとした異物混入でも報道すれば読者は飛びつくんです。我々は売れるから書いているだけですよ」


 昨年ベストセラーになった「買ってはいけない」を思い出す。それまで平気で使っていたものが、あの本のおかげで平気では使えなくなった人が続出した。今年の異物混入も同じ構造なのではないかと思う。眠っていた危機意識を呼び覚まされたのが消費者であれば(2-A)、マスコミであれば(2-C)が該当する。
 話がそれるけど、だいたい市販の食品や洗剤の危険性を実名入りで告発していた本はあの本よりも前に何点も発行されていたし、そういう元祖本に比べて「買ってはいけない」はセンセーションだけが売りで公平さと論理性を著しく欠いていたことはひと目見ればわかった。だからこそ「買ってはいけない買ってはいけない」なんて本も出たわけだ。ま、私はどっちも買わなかったけどね。

 なんだか社会問題を考える欄のようになってしまった。最近見ている「合い言葉は勇気」の影響かな。結局、言いたいことは
・「買ってはいけない」も「買ってはいけない買ってはいけない」も買うほどのことはない(今頃買う人がいるとも思えないが)。
・異物混入食品についてマスコミは騒ぎすぎだ。何が命にかかわるような重大な異物で、何が許容範囲内の異物か、冷静に判断すべきだ。異物混入はなんでもかんでもやり玉に挙げる報道は的確でない。
・いずれにしろ、何に怒るべきで何を許すべきかは、我々が自分で判断しなければいけない。(00. 8. 27)

【追記】
 知人から、こんな可能性もある、というメールをもらった。
(1-C) なまじ異物混入が話題になっているので「よし俺もここで何か入れてみよう」と思う工場員があちこちにいた
 「上司に恨みがあった」とか「もしかしたら会社が休みになるのではと思った」といった動機が考えられるとのこと。
 なるほど。職場のお茶に毒を入れる事件も、1箇所で起こると連鎖反応的に次々に発生した。バスジャック高校生は神戸の事件に影響を受けたという。ある種の犯罪は、伝染病のように人から人へ伝わる性質を持つ。
 もちろん、工場員が故意に異物を入れたとする上の説は憶測の域を出ず、断定はできないが、大いに可能性のある話ではある。頻発した異物混入事件を説明する上で一番現実的な考え方かもしれない。
 そういう意味でも、マスコミは必要以上に異物混入を大騒ぎするべきではないと思う。そもそも犯罪事件の報道というものは、すればするほど、犯罪の病原菌を拡散させるという側面があるのだから。(00. 10. 6)