コミック界の刊本作品  −「二十一世紀科學小僧」−

 本書を手に取っただけで「うわあ」と声をあげる人もおられると思う。装丁、レイアウト、絵柄、色使い、仮名使い、果ては巻末広告に至るまで、一冊まるごと戦前のコドモ向け漫画本の見事なフェイク。かつて復刻版のらくろ全集に親しんだ私は、冒頭の著者近影でもう吹き出してしまった。

 だが話の内容も戦前コドモ漫画と思ったら大間違い。そこは唐沢漫画、あくまで戦前スタイルを保ちながら、頁をめくる毎にお下劣度がエスカレートして、いつものしょうもない世界が繰り広げられる。田河水泡先生や島田啓三先生は草葉の陰で嘆ひて居られるやも知れぬ。然し乍ら此の凝つた作りを見れば悪意のパロデヰである筈も無く、既に失はれてしまつた牧歌的コドモ文化に對する唐澤流ヲマアヂユである事は明瞭。著者に戦前漫画本への愛情無かりせば此処まで徹底した作業は望む可くも無いのである。此の他にも著者は全て版画から成る漫画「怪奇版画男」、映像的実驗満載の「カスミ伝s」等に於て次々にユニヰクな試みを披露し、最早コミツク界の武井武雄とでも云ふ可き境地に達しつゝある。

 其れにしても本書が某公立圖書舘の書架に並んでゐた亊に驚く。恐らく圖書舘の書籍選定担當者は本書の題名と装丁のみを一見して児童向け健全圖書であると誤認し、ウツカリ購入に至つたと思ふが如何か(笑)。(00. 8. 3)

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■ 唐澤なをき「二十一世紀科學小僧」(1999 文藝春秋

・刊本作品…童画家武井武雄が生涯に百数十点製作した部数限定の絵本。本全体をひとつの美術品ととらえ、絵と文章はもちろん、紙質、印刷、装丁、造本に至るまで、手間と費用に糸目をつけず、一点一点に目を見はるような技法が投入されている。武井武雄の作品の面白さについては、いつかまた語ろう。