異邦人

 毎朝路上にいる顔なじみの青年にいつものように挨拶したら、彼は「ちょっと待って」とバッグから本を何冊か出して私に渡してくれた。驚いたことに『諸君!』の古い号2冊と『異邦人』の邦訳の文庫本だった。「もしかしてこれは中国語かい?」と彼は私に訊いた。ふつうのフランス人は中国語と日本語の書物の区別がつかない。それにしてもなぜここに日本の本が?
 身振り手振りと少しの英語を交えた説明によると、彼の友人が、住人の退去した家を掃除する仕事をしたときに、その部屋で拾ったものらしい。なんだかいやだな。でも彼は私が興味を持つかもしれないと思ってわざわざ持って来てくれたのだ。別れ際に「メルシー」を言うのを忘れた自分をちょっと恥じた。
 雑誌のほうはありがたく目を通させてもらおうと思う。『異邦人』は既に持っているので彼に返した。「これはフランスの小説だよ。Albert Camus の L'Étranger だよ」と教えたら「おお、カミュー!」と喜んでいたけど、日本語訳をもらっても彼は面白くないかな。