ゼネスト

 職場に向かう途中、いつもよりバスの本数が極度に少ないことに気づく。今日は祝日だったかな? と手帳のカレンダーを見るがそんなこともない。何が起こっているんだろうと訝りつつ出勤。昼過ぎに現れた同僚に聞いて、やっと事態が飲み込めた。今日はフランス全土で大規模なゼネストが行われているのだった。みんな前もって知っていたらしいが自分は知る機会が無かった。うちの職場の人々の一部も、午前 10 時から市中心部で行われたデモ行進に参加したという。フランスはデモやストの多い国とはいえ、自分の同僚がそれに参加するという光景は何故か予想できなかった。
 帰りの時間にもまだバスは少ない。大雪の時の教訓を活かし、職場の丘を下った所の停留所 Parc Nord まで歩く。と、まさに私を待っているかのようにちょうどバスが停まっていた。最高のタイミングだった。いつものバス停でバスを待っていたら 20 分はロスしていただろう。

 恥ずかしながらゼネストという言葉の意味を初めて調べた。日本での全国規模のゼネストといえば終戦直後の「2.1ゼネスト」(直前に中止)くらいしか例がないらしいことも。派生して「順法闘争」や「上尾事件」「首都圏国電襲撃事件」などについても知った。今日のフランスのストは、交通や公共サービス機関の機能は通常より格段に縮小しているけれども、たとえばバスは2割程度は走らせているし、ストに参加する人の子供達の面倒を見るシステムも用意しているし、できるだけスト参加者以外に迷惑がかからないような方法が確立されていると思った。それに比べると 1973 年の国電労組の順法闘争のやり方(ノロノロ運転、しかも何日に終わるかの見通しもなし)はいかにも考えが足りず、ないがしろにされた乗客が怒りを爆発させたのももっともだと。それにしても昨今、年金や高齢者医療や雇用不安といった問題に日本国民はもっと怒るべきではないのか? 物が燃えるには「燃料」「酸素」「高温」の3つが必要だが、どうも今の日本人は高温になりにくいのだな。なぜそうなってしまったのか、もう少し考えてみよう。