二足のわらじ

 今回の実験はずいぶん前から企画していたもの。実験装置は共同使用なので使える機会がなかなか回って来ず、2ヶ月待ってようやく実現したのだ。得体の知れない敵(現象)を相手にしているだけに、何も考えずに全自動測定ばかりしていてはだめで、相手の出方を見つつこちらの次の手を決めねばならない。1測定1測定が真剣勝負。これが来週あたままで土日関係なく続く。
 加えて、学会の予稿などいくつかの重要書類の締切も迫っている。これにも時間をかけて取り組まないといけない。

 ところがそんな重要な時期に、あろうことか私は地元の集落の祭りでステージに立ってギターの弾き語りをすることになっている。明後日の日曜の午後、15分くらいの間。半年ほど前に飲み屋でそう決まったのだった。すっかり忘れていた。小さな祭りとはいえさすがに飲みの席で歌うようなわけにはいかないだろう、少しは練習しなければと思って、実験の合間に抜け出して某所で一人でリハしたりする。当日も実験の合間に駆けつけて歌うことになる。
 久々に寝る間もない忙しさという感じ。

 こんなに仕事がテンパってるのに歌いに出かけるなんて、人間としてどうだろうとも思うが、二足のわらじを履いている人というのはこんな生活を一年中送っているんだよな。「昼は研究者、夜は小説家」とか「昼は銀行支店長、夜はミュージシャン」といった人生は私の憧れだったのではなかったか。言わばその夢が一瞬だけ叶ったのだとも言える。でもやっぱり一年中は無理だと悟りつつ、とりあえずすべてが一段落つく日までひたすら目の前の作業をこなすのであった。