『二重スパイ』

■『二重スパイ』キム・ヒョンジョン監督(2003 韓国)
 『シュリ』のようにアクション主体の映画ではなく、『JSA』のように軍事境界線という特殊な地域が舞台でもない。町で普通の暮らしを営む人々の間に、いつのまにか隣国のスパイが紛れ込む、地味だが痛切な物語。
 ハン・ソッキュが‘表向きは脱北者、実は北のスパイ’を演じる。当初は北のスパイと目されて韓国の諜報部に拷問を受けるも、なぜか上層部の信頼を得て、一転して歓迎され韓国諜報部に勤務するようになる。このへん奇異にも見えるが、たぶん韓国は北の情報を渇望しているから、信用できない部分が1%あっても彼を受け入れざるを得なかったのだろう。1980年当時の南北朝鮮での情報戦の緊張感が伝わってくる。

 当時の韓国は、現在とはかなり雰囲気が違っていたと聞く。女性は化粧をほとんどせず、男性の多くは長髪だったと。何よりも軍事政権の下、人々の生活には常に緊張があった。拷問シーンがあの時代の暗さを物語っている。韓国の人々にとっては忘れ去りたい時代なのかもしれない。
 しかし「今でもスパイは存在すると思う」とハン・ソッキュは語る。これは遠い過去の物語ではない。同じ顔で同じ言葉を喋る隣人が敵かもしれない状況にある彼らの心境は、察するに余りある。しかもそうなった原因の一端は日本にあると言われると、言葉もない。
 エンディングに流れる旧ソ連の仰々しい合唱曲が、胸を締め付けてやまない。